浦和地方裁判所 平成9年(ワ)2385号 判決 2000年10月25日
原告
生田目千恵美
ほか四名
被告
株式会社誠光運輸
主文
一 被告は、原告生田目千恵美に対し金四八五万六一六一円、原告生田目涼及び原告生田目杏に対しそれぞれ金一八八万八〇八〇円、原告生田目芳光及び原告生田目マサに対しそれぞれ金三二万五〇〇〇円、並びに、右各金員に対する平成六年一一月一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告らのその余の請求をいずれも棄却する。
三 訴訟費用は、これを五分し、その四を原告らの負担とし、その余を被告の負担とする。
四 この判決は、原告ら勝訴の部分に限り、仮に執行することができる。
事実及び理由
第一請求
被告は、原告生田目千恵美(以下「原告千恵美」という。)に対し三八二四万三五八八円、原告生田目涼(以下「原告涼」という。)及び原告生田目杏(以下「原告杏」という。)に対しそれぞれ一七四一万六七九三円、原告生田目芳光(以下「原告芳光」という。)及び原告生田目マサ(以下「原告マサ」という。)に対しそれぞれ八九万三七四九円、及び、右各金員に対する平成六年一一月一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
第二事案の概要
本件は、交差点における普通貨物自動車との出合い頭の衝突事故により死亡した自動二輪車の運転者の遺族である原告らが、加害車の保有者である被告に対し、自動車損害賠償保障法(以下「自賠法」という。)三条に基づき、損害の一部として合計七四八六万四六七二円の支払を求めた事案である。
一 前提となる事実(末尾括弧内に証拠の記載がなければ、争いのない事実である。)
1 交通事故の発生(以下「本件事故」という。)
(一) 日時 平成六年一一月一日午後一〇時三五分ころ
(二)場所 埼玉県川口市大字安行吉蔵二〇三番地先交差点(以下「本件交差点」という。)
(三) 原告車 自動二輪車(川口市さ七六九九)
(四) 右運転者 亡生田目保彦(以下「保彦」という。)
(五) 被告車 普通貨物自動車(大宮八八あ四七八五)
(六) 右運転者 青木正
(七) 事故態様 鳩ヶ谷市方面から草加市方面に向けて直進して本件交差点に進入した原告車と東川口駅方面から東京都方面に向けて直進して本件交差点に進入した被告車が出合い頭に衝突した。
2 保彦の死亡
保彦は、本件事故の結果、平成六年一一月二日午前一時一五分、肝破裂及び頭蓋底骨折により死亡した(甲四)。
3 当事者
原告千恵美は保彦の妻であり、原告涼及び原告杏は保彦の子であり、原告芳光及び原告マサは保彦の両親である。
4 責任原因(運行供用者責任、自賠法三条)
被告は、本件事故当時、被告車を保有し、自己のために運行の用に供していた。
5 相続
原告千恵美、原告涼及び原告杏は、平成六年一一月二日、保彦が死亡したことにより、法定相続分に応じて、原告千恵美が二分の一、原告涼及び原告杏が各四分の一の割合で保彦の権利義務を相続した。
6 損害の填補 合計二一〇〇万円
原告らは、自賠責保険から、原告千恵美につき一〇五〇万円、原告涼及び原告杏につき各五二五万円の損害填補を受けた。
二 原告らの主張
1 被告の責任
(一) 責任原因
被告は、被告車を保有し、自己のために運行の用に供していたものであって、自賠法三条により、原告らが被った後記損害を賠償する義務がある。
(二) 免責の抗弁及び過失相殺について
以下のとおり、本件事故の発生について、保彦に過失はなく、青木には過失が認められるから、被告の免責の抗弁及び過失相殺の主張は理由がない。
(1) 原告車が本件交差点に進入した時の対面信号は、少なくとも黄色を表示していたから、保彦には、信号無視の過失はない。
(2) 被告車は、対面信号の表示は赤色から青色に変わる前に本件交差点に進入した。したがって、青木には、交差点手前で対面信号機が赤色を表示していたにもかかわらず、本件交差点に進入した過失がある。
(3) 仮に、被告車の本件交差点進入時の対面信号表示が青色であったとしても、青木は、信号の切り替わり時の最も危険な局面での交差点進入であるから、右方から本件交差点に進入してくる車両の動向等安全を十分に確認すべき義務があったのに、見込み運転に終始し、追い越した乗用車に気をとられ、右安全確認を怠った過失がある。
(4) 青木は、最低でも時速六〇キロメートルの速度で本件交差点に進入した。したがって、青木には、制限速度を時速二〇キロメートル以上上回る速度で走行した過失がある。
2 損害
(一) 保彦の損害
(1) 治療費 九七万六〇七〇円
(2) 逸失利益 一億二三九四万一五二四円
保彦の死亡直前の給与所得は、年一〇二三万八〇一六円であり、保彦の死亡時の年齢は二六歳であったから、就労可能年数は四一年であり、また、保彦は、配偶者と子二名を養育する一家の支柱であったから、逸失利益の算定における生活費控除率は三〇パーセントが相当である。そこで、ライプニッツ方式により中間利息を控除して保彦の逸失利益を計算すると、次の計算式のとおりとなる。
一〇二三万八〇一六円×一七・二九四三×(一-〇・三)=一億二三九四万一五二四円
(3) 慰謝料 九七五万円
(二) 相続
原告千恵美、原告涼及び原告杏は、保彦の右損害賠償請求権の二分の一(六七三三万三七九七円)を、原告涼及び原告杏はそれぞれその四分の一(三三六六万六八九八円)を相続した。
(三) 原告ら固有の損害
(1) 葬儀費用(原告千恵美の損害) 一二〇万円
(2) 原告千恵美固有の慰謝料 六五〇万円
(3) 原告涼及び原告杏固有の慰謝料 各三二五万円
(4) 原告芳光及び原告マサ固有の慰謝料 各一六二万五〇〇〇円
(四) 弁護士費用 五〇〇万円
三 被告の主張
1 免責の抗弁又は過失相殺
本件事故は、赤信号を無視して本件交差点に進入した保彦の一方的過失により惹起されたものであって、青木には過失がなく、かつ、被告車には構造上、機能上の欠陥もなかった。したがって、被告は、自賠法三条ただし書により免責される。
(一) 青木は、対面信号機の表示が赤色から青色に変わったことを確認して本件交差点に進入した。これに対し、保彦には、対面信号の表示が黄色から赤色に変わっていたにもかかわらずこれを無視して本件交差点に進入した過失がある。
(二) 保彦には、同人が進行していた道路の制限速度である時速四〇キロメートルを大幅に上回る速度で進行した過失がある。
2 損害(逸失利益の算定)について
保彦が、死亡前に原告ら主張の年収を得ていたとしても、その職種は肉体労働であるから年齢の経過、肉体の酷使に伴う労働能力の減退は避けられず、就労可能年齢までこの年収を維持できる蓋然性は認め難い。したがって、保彦の逸失利益を算定する基礎となる収入は、合理的に修正されるべきである。
四 争点
1 事故態様(免責の成否又は過失相殺)
2 損害額(特に逸失利益の算定)
第三争点に対する判断
一 争点1(事故態様)について
1 証拠(甲一二、乙二の2及び3、三、証人渡邊三千男、文中記載の各証拠)によれば、次の事実が認められる。
(一) 本件事故現場付近の状況
(1) 本件交差点は、鳩ヶ谷市方面から草加市方面に向かう道路(以下「保彦進行道路」という。)と、東川口駅方面から東京都方面に向かう道路(以下「青木進行道路」という。)とが交差する、信号機による交通整理の行われた交差点である。本件交差点付近における保彦進行道路の車道幅員は六・七メートル、青木進行道路の車道幅員は一七・二メートルであり、両道路の最高速度は、いずれも時速四〇キロメートルに制限されている。両道路は、交通量が普通であり、路面はアスファルト舗装され、平坦で、本件事故当時は乾燥しており、進路前方の見通しは良いが左右の見通しは悪く、夜間は暗い。
(2) 本件交差点に設置された信号機の周期は一周期が七〇秒であり、本件事故当時、保彦進行道路の車両用信号機の周期は、青三六秒、黄四秒、全赤二秒、赤二六秒、全赤二秒であり、これに対応する青木進行道路の車両用信号機の周期は、赤四〇秒、全赤二秒、青二二秒、黄四秒、全赤二秒であった(甲二二)。
(3) 保彦進行道路の本件交差点手前の道路沿いには「パチンコ龍宮」が存在し、同建物の本件交差点側の角(以下「パチンコ龍宮角」という。)付近から本件交差点の停止線までの距離は、約九五メートルである(別紙図面の<ア>から
(二) 被告車の本件交差点への進入態様について
青木は、被告車を運転して時速六〇キロメートルないし七〇キロメートルの速度で東川口駅方面から東京都方面に向けて青木進行道路の第二車線(右側車線)を走行し、本件交差点手前約一〇〇メートルの地点で対面信号の表示が赤色を表示しているのを確認して、本件交差点手前約四五メートルの地点からエンジンブレーキにより減速を開始したが、対面信号が青色に変わるのと同時に本件交差点に進入して第二車線の本件交差点停止線手前に停車していた普通乗用自動車(以下「右側自動車」という。)を左側から追い越そうと考え、進行進路を第一車線(左側車線)に変更した上、対面信号が青色に変わるのを見計らいながら本件交差点に接近したところ、対面信号が青色に変わったため、直ちに加速を開始して右側自動車を追い越し、本件交差点内で第二車線に進路を変更すべく右ウィンカーを出して右側自動車の動向を確認しながら走行していたところ、保彦進行道路の右方向から本件交差点に進入してきた原告車に気付かず、右停止線から約一八メートル前方の地点で、自車の前部を原告車に衝突させた。
(三) 原告車の本件交差点への進入態様について
保彦は、原告車を運転して鳩ヶ谷市方面から草加市方面に向けて保彦進行道路を走行し、パチンコ龍宮角の直近で対面信号の表示が青色から黄色に変わったが、そのまま減速措置をとることなく走行を続け、パチンコ龍宮角付近で渡邊三千男(以下「渡邊」という。)運転の原動機付き自転車(以下「渡邊車」という。)を追い越し、更に同車の数メートルないし一〇メートル前方を走行するタクシー(以下「本件タクシー」という。)を追い越し、なお走行を続けて本件交差点に進入したところ、本件交差点の停止線から約四〇メートル前方の地点で、青木進行道路の左方向から本件交差点に進入してきた被告車と衝突した。
2 原告らは、原告車が本件交差点に進入した時点における対面信号の表示は少なくとも黄色であり、他方、被告車が本件交差点に進入した時点における対面信号の表示は赤色であったと主張し、被告は、前記のとおり、これと異なる主張をするので、原告車及び被告車の本件交差点進入時における対面信号の表示についてそれぞれ判断する。
(一) 原告車が本件交差点に進入した時点における対面信号の表示について
(1) 証人渡邊によれば、渡邊は、本件事故直前、保彦進行道路を原告車と同方向に進行し、パチンコ龍宮に差し掛かるまでは時速約六〇キロメートルで本件タクシーの約三〇メートル後方を本件交差点に向けて進行していたこと、その後、本件タクシーが減速を開始したために本件タクシーと渡邊車との間の距離が縮まり、そのころ渡邊は、パチンコ龍宮角の直近で本件交差点の対面信号が黄色を表示しているのを確認して減速を開始し、右減速開始の直後に原告車に追い越されたこと、したがって、本件交差点の対面信号が黄色に変わった地点は、原告車がパチンコ龍宮角の少し手前を走行しているときであり、本件交差点停止線から約一〇〇メートル手前の地点であると推認される。
ところで、本件交差点の対面信号の黄色表示の時間が四秒間であることは前記のとおりであるから、原告車が、一〇〇メートル手前の地点から、対面信号が黄色から赤色に変わる前に本件交差点に進入するためには、次のとおり、計算上、時速九〇キロメートル以上の速度で進行することが必要である。
一〇〇メートル÷四秒=二五メートル/秒(=九〇キロメートル/時)
(2) そこで、本件交差点進入前の原告車の速度について検討する。
証人渡邊によれば、渡邊は、当初時速約六〇キロメートルで走行し、減速を開始した直後に速度計を確認したときには時速約五二キロメートルに減速していたこと、及び渡邊が本件事故の衝突音を聞いた時点では、本件タクシーは本件交差点の停止線前で既に停止しており、渡邊は本件タクシー後部から約一〇メートル手前をほぼ停止直前の速度で走行していたこと、以上の事実が認められ、右事実と乙二号証の3とを照らし合わせると、渡邊車は、パチンコ龍宮角付近で原告車に追い越されてから本件事故の衝突音を聞くまでの間に約八〇メートルの距離を走行したことが認められる。そして、本件交差点の対面信号が黄色に変わったパチンコ龍宮角の少し手前から本件衝突地点までの距離は、約一四〇メートルであるところ(乙二の3)、原告車の速度が仮に時速九〇キロメートルであるとすると、原告車がパチンコ龍宮角付近を走行していた時点から本件事故発生時までには、次の計算式<1>のとおり、約五・六秒の時間を要するものであり、そして、渡邊車は、この五・六秒間に前記のとおり約八〇メートルの距離を減速しながら移動したのであるから、その平均速度は、次の計算式<2>のとおり、時速五一・四四キロメートルとなる。しかし、この平均速度は、渡邊車が減速を開始した直後の速度が既に時速約五二キロメートルであり、その後停止直前の速度まで減速したことと到底相容れない数値である。したがって、保彦進行道路の対面信号の表示が黄色に変わってから本件事故発生まで約五・六秒未満であったこと、すなわち、原告車が時速九〇キロメートルを超える速度で走行していたものと認めることはできず、原告車はこれより遅い速度で走行していたと認められる。よって、右事実によれば、原告車は、本件交差点の対面信号が赤色に変わってから本件交差点に進入したものと認めざるを得ない。
<1> 一四〇メートル÷二五メートル/秒(九〇キロメートル/時)=五・六秒
<2> 八〇メートル÷五・六秒=一四・二九メートル/秒(五一・四三キロメートル/時)
ところで、原告車の速度を次の(1)ないし(4)のとおりに仮定し、そのうえで、渡邊車の平均速度を、前同様の方法で計算すると、次の(1)ないし(4)の関係にあることが認められる。
(1) 原告車の速度 八〇キロメートル/時(六・三〇秒)
渡邊車の平均速度 四五・七一キロメートル/時
(2) 原告車の速度 七五キロメートル/時(六・七二秒)
渡邊車の平均速度 四二・八六キロメートル/時
(3) 原告車の速度 七〇キロメートル/時(七・二〇秒)
渡邊車の平均速度 四〇・〇〇キロメートル/時
(4) 原告車の速度 六五キロメートル/時(七・七六秒)
渡邊車の平均速度 三七・一一キロメートル/時
そして、渡邊車の右平均速度を参考とした上で、これと、前記認定のとおり、原告車は、時速五二キロメートルで走行していた渡邊車を瞬時に追い越していった程度に速い速度であり、証人渡邊も、感覚的な印象ではあるが、原告車が時速八〇キロメートル以上の速度で渡邊車を追い越した旨証言していること等の事情を総合すれば、原告車の速度については、時速約七〇キロメートル前後と推認するのが相当である。
(二) 被告車が本件交差点に進入した時点における対面信号の表示について
右認定のとおり、原告車が対面信号が黄色に変わってから衝突地点に到達するまでには、約七・二秒の時間を要すると認められるところ、右事実と前記本件交差点の信号機の周期とを照らし合わせると、衝突時には、青木進行道路の対面信号が青色に変わってから約一・二秒近くが経過していたことが窺われる。また、本件の衝突地点が被告車の停止線から約一八メートル前方であり、前記のとおり、原告車が時速六〇ないし七〇キロメートルからエンジンブレーキにより減速をした後、再び加速しながら本件交差点に進入していったものであり、仮に一八メートルを一・二秒で進行したとすると、平均速度は時速五四キロメートルであること、さらに、証拠(乙二の2、三、証人渡邊)によれば、被告車が本件交差点に進入するのとほぼ同時に、青木進行道路第二車線に停止していた右側自動車が走行を開始していること、青木は、本件事故直後、渡邊に対し「見てただろう、証言してくれな」と述べたこと、交差点近くの青羽祐子宅二階の物干場から右衝突の音で振り返った同人が青木進行道路の対面信号が青色であったことを目撃していることが認められ、以上を総合すれば、被告車の本件交差点進入時における対面信号の表示は青色であったと推認するのが相当である。
3 判断
以上の認定事実に照らせば、原告車は、本件交差点に赤信号で進入したのであるが、本件交差点の信号機の周期からすれば、衝突地点の手前約一・二秒位前までは、被告車の対面信号も赤色であり、その後、青色表示に変わったこと、並びに、青木は、対面信号が青色に変わると同時に走行状態のまま本件交差点に進入するため、通常の減速措置をとることなく本件交差点に接近し、対面信号の表示が青色に変わるのとほぼ同時に加速して本件交差点に進入したものであること、しかも、青木は、青木進行道路第二車線に停止していた右側自動車の前へ出て同車線に車線変更をしようとしたため、進路前方及び右方の安全を確認する注意義務を怠り、折から右側から本件交差点に既に進入していた原告車の存在に全く気付かず、原告車と被告車とを衝突させたものであり、また、被告車の加速後の速度も、前記のとおり、制限速度を若干超過するものであった。
他方、保彦には、対面信号が赤色であったにもかかわらず、本件交差点に進入した過失が認められる。また、前記認定のとおり、保彦は、時速約七〇キロメートル前後の速度で本件交差点に進入したと推認されるから、同人には、制限速度を超過する速度で本件交差点に進入した過失がある。
以上によれば、保彦と青木の前記の各過失の内容を対比し、前記道路状況、及び被告車が普通貨物自動車であるのに対し原告車が自動二輪車であること等前記認定の事実を加味すると、その過失割合は、青木が二であるのに対し、保彦が八であるとするのが相当である。
二 争点2(損害額)について
1 保彦の損害
(一) 治療費 九七万六〇七〇円
甲九号証の1ないし4により認められる。
(二) 逸失利益 一億一九〇三万五五四五円
証拠(甲六、甲二〇、原告千恵美本人)によれば、保彦は、本件事故当時満二六歳の健康な男子であり、佐川急便株式会社にセールスドライバーとして勤務し、事故前年に年一〇二三万八〇一六円の収入を得ていたこと、佐川急便株式会社における定年は六〇歳であることが認められ、かかる事実からすれば、本件事故に遭わなければ、死亡時から六〇歳までの三四年間は一〇二三万八〇一六円の年収、六一歳から六七歳までの七年間は平成八年賃金センサス第一巻第一表産業計・企業規模計・男子労働者学歴計の六〇歳から六四歳の平均年収額である四五二万〇五〇〇円の年収を得られたことが推認される。なお、生活費割合については、本件事故当時保彦が配偶者と子二名を養育する一家の支柱であったことに鑑み、死亡時から六〇歳までは三〇パーセントを、六〇歳以降は四〇パーセントを控除するのが相当である。
したがって、これらを基礎にライプニッツ方式により中間利息を控除して求められた保彦の逸失利益は、次の計算式のとおり、一億一九〇三万五五四五円となる。
一〇二三万八〇一六円×一六・一九二九×(一-〇・三)=一億一六〇四万八二一八円
四五二万〇五〇〇円×(一七・二九四三-一六・一九二九)×(一-〇・四)=二九八万七三二七円
合計 一億一九〇三万五五四五円
なお、被告は、保彦の従事していた業務がいわゆる肉体労働であったことに鑑み、長期間にわたり右年収を得られる蓋然性は低いと主張するが、肉体労働であるといえども、長期間の就労が困難と認められる特段の事情が存しない限り、直ちに長期間の就労を否定するのは相当でなく、佐川急便株式会社の定年が六〇歳と定められていることに鑑みれば、右定年に達するまでは事故前年の年収を得られたと推認するのが相当である。
(三) 死亡慰謝料 九七五万円
前記認定の事実及び本件審理に現れた一切の事情を考慮すると、右金額をもって慰謝するのが相当である。
(四) 右合計 一億二九七六万一六一五円
2 原告ら固有の損害
(一) 葬儀費用(原告千恵美の損害) 一二〇万円
本件事故と相当因果関係のある葬儀費用は、一二〇万円とするのが相当である。
(二) 原告ら固有の慰謝料 合計一六二五万円
前記認定の事実、原告らと保彦との関係及び本件審理に現れた一切の事情を考慮すると、原告ら固有の慰謝料は、原告千恵美につき六五〇万円、原告涼及び原告杏につき各三二五万円、原告芳光及び原告マサにつき各一六二万五〇〇〇円とするのが相当である。
3 過失相殺
前記のとおり、本件事故に対する保彦の過失の割合を八割とするのが相当であるから、過失相殺として原告らの損害から右割合を控除すると、控除後の金額は、次のとおりとなる。
(一) 保彦の損害
一億二九七六万一六一五円×(一-〇・八)=二五九五万二三二三円
(二) 原告ら固有の損害
(1) 葬儀費用
一二〇万円×(一-〇・八)=二四万円
(2) 原告ら固有の慰謝料
(原告千恵美)
六五〇万円×(一-〇・八)=一三〇万円
(原告涼及び原告杏)
三二五万円×(一-〇・八)=六五万円
(原告芳光及び原告マサ)
一六二万五〇〇〇円×(一-〇・八)=三二万五〇〇〇円
4 原告らの損害額
原告ら固有の損害のほか、原告千恵美、原告涼及び原告杏は、前記法定相続分に従い、保彦に生じた損害賠償請求権を相続したので(原告千恵美につき一二九七万六一六一円、原告涼及び原告杏につき各六四八万八〇八〇円)、これらを加算すると、原告らの各損害額は、次のとおりとなる。
(原告千恵美)
一二九七万六一六一円+二四万円+一三〇万円=一四五一万六一六一円
(原告涼及び原告杏)
六四八万八〇八〇円+六五万円=七一三万八〇八〇円
(原告芳光及び原告マサ)
三二万五〇〇〇円
5 損害の填補
前記認定のとおり原告千恵美、原告涼及び原告杏が自賠責保険から支払を受けた金額を控除すると、残額は、原告千恵美が四〇一万六一六一円、原告涼及び原告杏が各一八八万八〇八〇円となる。
6 弁護士費用
本件事案の内容、審理の経過、認容額等に照らすと、本件事故と相当因果関係のある弁護士費用相当の損害額は、八四万円と認めるのが相当である。
なお、弁論の全趣旨によれば、原告千恵美が原告らを代表して原告ら訴訟代理人との間で報酬の支払を約したことが認められるから、右損害額は、全額につき原告千恵美に生じた損害と認めるのが相当であり、右金額を原告千恵美の前記損害に加算すると、原告千恵美の損害額の合計は、四八五万六一六一円となる。
三 結語
以上によれば、原告らの請求は、被告に対し、原告千恵美が四八五万六一六一円、原告涼及び原告杏がそれぞれ一八八万八〇八〇円、原告芳光及び原告マサがそれぞれ三二万五〇〇〇円、並びに、右各金員に対する本件事故発生の日である平成六年一一月一日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において理由があるからこれを認容し、その余の請求は理由がないからこれを棄却することとし、主文のとおり判決する。
(裁判官 佐藤康 設楽隆一 五十嵐章裕)